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2017年10月20日

戦場のピアニスト

2002年、仏・独・波・英の合作。
ロマン・ポランスキー監督の作品である。
戦場のピアニスト
原作となった「ある都市の死」は1946年、この映画の主人公であるウワディスワフ・シュピルマンによって出版された。
が、当時のポーランドは社会主義政権下である。後半に登場するドイツの将校のくだりがマズかったせいで当局から発禁処分を受け、結局シュピルマンの息子がドイツ語で出版できたのが1998年のことであった。

またロマン・ポランスキー自身もポーランドのクラクフで幼少期を過ごした監督で、第二次世界大戦中にクラクフ・ゲットーに収監された経験ももっている。
ポーランドを舞台にしたホロコースト映画と言えば、以前「シンドラーのリスト」のレビューも上げた。


戦場のピアニスト


さて、シュピルマン一家はポーランドの首都、ワルシャワに住んでいるユダヤ人である。ウワディスはピアニストとして、町の喫茶店などで演奏を生業にしていた。
1939年9月、ドイツ軍はなだれをうってポーランド領へと侵攻。これにイギリス・フランスが宣戦布告し第二次世界大戦の火ぶたが切って落とされた。一家は英仏の参戦に歓喜するも、すぐにそれがぬか喜びだったと思い知る。10月に入るまでにポーランド全土はドイツ並びにソビエト労農赤軍の手に落ちた(ソ連軍はドイツとの不可侵条約を結んでいたため、共闘はせずともポーランドの分割に関しては合意しており、ドイツ軍に呼応して進軍。連合国側もソ連への宣戦布告は行わなかった)。

戦場のピアニスト

ポーランド侵攻後に握手するドイツ軍将校とソ連軍将校。
史上最も残虐な軍同士が手を結んだ瞬間だった。


ポーランドを占領したドイツ軍は、すぐにユダヤ人政策を開始。
外出の禁止や腕章の着用といった制約が次々に課され、ユダヤ人は圧倒的な武力のドイツを前になすすべもなく従う。
またプライドのある人間はキッチリとこの制約を守り、ドイツ人に従順さを見せようとした。この描写は「ジェネレーション・ウォー」でも確認できる。
これは長らくキリスト教社会から迫害を受けてきた歴史を持つユダヤ人の一種の処世術で、「苦しい時期は耐えて偲び、時が過ぎるのを待つ」という思想がユダヤ教徒たちに根付いていたからである。だがナチス・ドイツ軍の迫害はユダヤ人すべてを地球上から抹殺するという、ユダヤ人たちにも想像のつかないほど残酷で巨大なプロジェクトだったのである。

ユダヤ人政策は本国と同様、坂道を転がるように過激さを増し、ついに1940年の終わりには首都ワルシャワにゲットーが完成。
すべてのユダヤ人はこの隔離地区内に移住を強制され、その収容者数は40万人を数えたという。


戦場のピアニスト

映画の中のウワディス・シュピルマンを追うと、彼も家族と一緒にこのゲットーに収容される。
ゲットー内は不衛生で貧困に満ち、満足なお金を得ることもできない。ユダヤ人は所持している財産まで管理されていた。
そんななかユダヤ人やポーランド人による自治警察が募集される。これは給料の良い仕事なのだが、同じ収容者をこん棒で殴って管理するような汚れ仕事は嫌だと弟が反発するもので、ウワディスも警察にはならず本を売って日銭を稼ぐことになる。

ドイツ軍の占領地管理はこのように、占領区域に住んでいる住人の管理を同じ占領区域に住んでいる現地住民に行わせたことが特徴的である。

ある者は賃金が良く、またドイツ軍に優遇してもらえる管理職を受け入れる。
ある者は同族を管理することに良心が反し、粛々と管理を受け入れることで姿勢を示す。
どちらも本人たちにとっては正しく思えるし、実際価値観の違いであってどちらも正しい行動ではある。
そして、どちらも支配者を利することである。

これらゲットーの現地警察を管理しているのはユダヤ人評議会という組織で、彼らはドイツ軍が設置したものである。
ゲットー内の治安維持や税金の徴収、経済の管理などを任されていたが、実際は不満の矛先がドイツ人に向かないように作られたという経緯もある。


なんにせよユダヤ人のほとんどがこういった一か所の管理区域に集められ、それが次第により東方の強制収容所や労働収容所、絶滅収容所へと移送されていくことになる。

ウワディスは知り合いにこの現地警察の男がおり、やがてそれが彼に不幸をもたらすことになる。

それにしてもゲットーの生活は悲惨きわまる。


何をしても死ぬか殺されるかである。普通に生きていたら飢えて死ぬ。パンを盗めば子供でも殺される。労働中にパンを買ったことがバレたら、一列に並ばされてナチス野郎の気分のおもむくまま、ランダムに労働者が殺される。死、死、死というより殺、殺、殺の連鎖である。例えでもなんでもなく、何をしていても殺されるのだ。

彼らは自力ではドイツ軍に抵抗できない。だから老婆からでも食料を盗む。同じユダヤ人の警察を憎む。弱い者が弱い者同士で争いあい、やがてはどいつもこいつも例外なくガス室送りである。こんな世界が存在したのである。

戦場のピアニスト


※映画の中で登場する悪役のドイツ軍は、ほとんどが警察部隊か武装親衛隊である。当時のドイツ警察はすべて親衛隊の管理下に置かれていたた。
国防軍の兵士は後述するホーゼンフェルト大尉と序盤に行進している一団くらいかと思われる。


戦場のピアニスト

雑だが組織図はこんな感じ。間違ってたら一報クレメンス。


シュピルマン一家にもついに移送の日がやってくる。身の回りの最低限のものだけを持たされ、貨物車にすし詰めにされるユダヤ人たち。
しかしウワディスは先述の知り合いの警官の機転によって移送の列から外される。ウワディスは愛する家族と離れ離れにされる。
ウワディスがその後、家族と会うことは無かった。

戦場のピアニスト

助かったからよかったかといえばそうではない。もはやゲットーには誰も残っていない。地下組織のためにビラを作っていた知り合いの家では、女も子供も全員銃殺されていた。ゲットーからの移送は暴力がつきものであり、クラクフのゲットーが解体された際は「労働不能」を理由に1000人ものユダヤ人がその場で殺されている。ワルシャワ・ゲットーも例外ではなく、1942年の8月に2000人、9月に3000人以上が移送途中に殺害されている。

ウワディスは勤めていた食堂で生存者に救われ、ゲットー内の労働者としてなんとか生存する。だが肉体労働に慣れていないウワディスは失敗をすることも多く、仲間により楽な作業へ回してもらうことになる(むしろヘマをして銃殺にならなかっただけましである)。
食料調達のために外へ出ることになったウワディスは、壁の外のポーランド人パルチザンの協力で脱出。ワルシャワ市内の空き家にこっそりと住むことになる。かつての知人も地下組織に協力していた。

その後も彼らの手助けでなんとか生きていくウワディスだが、1943年にワルシャワ・ゲットー蜂起が発生。鎮圧するため出動するドイツ軍の激しい銃砲撃が続き、、また同じ建物の住人に住んでいることが気づかれることもあり、その生活は安定しない。
1944年にはワルシャワ・ゲットーのみならず、ワルシャワ市内全域で大規模な反乱が発生。ドイツ軍は報復としてワルシャワ市を完全に破壊した。もはや瓦礫しかのこっていない廃墟。それがこの映画のジャケットの写真である。

絶望の中をさまよっていたウワディスは、廃墟のなかに自らの人生の友であるピアノを見つける。同時に、自らの運命を変える一人のドイツ人と出会うことになる。
それがヴィルム・ホーゼンフェルト大尉。演じるのはドイツ戦争映画の顔役俳優である、トーマス・クレッチマンだ。

戦場のピアニスト


ホーゼンフェルト大尉はドイツ軍軍人でありながら、自らの立場を使ってユダヤ人を匿い、彼らの生存に手を貸す。
史実でのホーゼンフェルト大尉は戦後、そのささやかな人道的行動を称賛されるわけでもなく、他の国防軍兵士たちと同じくソ連の強制収容所で獄死した。


ウワディスの生きた1940年代のポーランドは、文字通り殺戮の支配する国だった。
ヨーロッパ最大規模のユダヤ人コミュニティを有したがために、この国のユダヤ人は終戦までにほとんどが各地の絶滅収容所で殺害された。
ヒトラーの理想としたユーデンフライ〝ユダヤ人のいない土地〟は、このポーランドに限っては実現してしまったのだ。

某ナントカバーグの感動的なお話も敵役の親衛隊がとっても憎たらしく、シンドラーの人間性に気持ちよく涙を流せて良いものなのだろうが、無意味な死だけを延々と積み上げる点では本作も負けてはいない。

この愚かな時代を過去の出来事と思っている間は、人類はしばらく平和な世の中に暮らすことはできなさそうである。


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