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2016年04月15日

「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」

「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」


スタンリー・キューブリックの戦争映画といえば、より有名なのが「フルメタルジャケット」であろう。
映画史上屈指の鬼軍曹、ハートマンが登場することで日本では有名だが、あのくっそ汚いド下ネタと罵詈雑言は前半のみである。ジャングルは出てこないが、ベトナムでの戦いをリアルだがドライに描いた後半の評価も非常に高い。
そしてこの「博士の異常な愛情」も、キューブリック製戦争映画の名作である(それにしてもクソ長いタイトルだが、原題も同じである。これだけ長くて明確だと邦題でひねりようがないし、ひねろうとして変な邦題になる可能性も無いな)。
彼は同じような映画は二回は作らないので、趣は後発の「フルメタルジャケット」とだいぶ異なる(「2001年宇宙の旅」「シャイニング」「時計仕掛けのオレンジ」がいずれも彼の作品であることがそれを如実に物語っている)。

「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」


舞台は冷戦下のアメリカ。「核の均衡」と抑止力を維持するべく、アメリカ空軍は昼夜を問わず平均40メガトン級の核爆弾を搭載する戦略爆撃機B52を何十機も空中待機させていた。
ある日、B52の編隊を管理するバープルソン空軍基地のリッパー将軍(スターリング・ヘイドン)は、基地内の英国の交換将校であるマンドレイク大佐(ピーター・セラーズ)に対し、
「非常事態のため『R作戦』を発令せよ」と指示する。
これはアメリカが攻撃された場合にソ連へ核爆弾での報復を命令する内容で、マンドレイクはいぶかりつつも「演習ではない」と念押しするリッパーを信じ作戦発動を下達。基地は非常態勢下に入り、B52の編隊はそれぞれの位置からソ連へと針路を変えた。だがそれは行き過ぎた反共産主義者であるリッパーの独断で、ソ連からの攻撃の事実はなく、実質は先制攻撃であった。

「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」

この事態を受け、マフリー大統領(ピーター・セラーズ)は緊急の会議を開催。リッパー将軍の頭がおかしくなったと判断し、ソ連大使を呼びつけて対策を協議し始める。
一方のマンドレイク大佐も基地内で回収したラジオが平常通りの番組を流していたことから、リッパーの独断を確信して将軍の部屋に乗り込む。が、リッパーはマンドレイクを部屋に閉じ込め、B52を引き返させる暗号は自分しかわからないこと、「共産主義が我々の体液を侵している」という持論などを滔々と語り始める。

「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」


大統領はホットラインを使ってソ連の首相へ状況を説明し、もしわれわれがB52を止められなければ撃墜してくれと頼む。しかしここで驚きの情報が明かされる。
「皆殺し装置」という新型の核兵器がソ連で実戦配備されており、もしアメリカから核攻撃を受けたらコンピューターが自動で核による報復を行うのだが、その威力が人類を滅ぼしてしまうレベルなのだという。
そうこうしているうちにバープルソン基地では基地に突入しようとする陸軍と、事情を知らない基地の警備隊が銃撃戦を始め、暗号を吐かせるために拷問されると考えたリッパーは自殺してしまう。そしてB52も爆撃目標へあとわずかというところまで近づいてゆく…。


「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」


とこう書けばただのクライシスサスペンスなわけだが、まずもって最大の原因であるリッパーをはじめ、まともな人物がほとんど出てこないところがこの作品がブラックコメディーと呼ばれるゆえんである。


「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」

リッパーは水道水にフッ素化合物が追加されていることを「共産主義の陰謀」とまじめに信じており、蒸留水か雨水しか飲まないとかいう…ちょっと何言ってるかよくわからないおっさんである。

共産主義がすでにアメリカの国内で活動していると考え、やられる前にやるしかねえ理論で核攻撃を命令。しかも自分で銃を持って立てこもってしまう。
そしてマンドレイクと話しているうちに「拷問には耐えられそうにないな…」と弱気になって頭をバーン…。


基本的に頭が大丈夫なのはマフリー大統領とマンドレイク大佐くらいで、居並ぶ将軍もおバカばかり。
「いま攻撃すれば国民が2000万人死ぬだけで済むが、攻撃しなければ1億5000万人が死ぬ!もうこのまま核攻撃は続行するべき!」とか言うのもいる(笑)
この機に乗じてソ連を滅ぼそうとするこのタカ派のタージドソン将軍は、キューバ危機の際に「全面核戦争を覚悟で先制すべき」とケネディに迫った空軍司令官のカーチス・ルメイがモデルと言われている。「皆殺しルメイ」として知られる将軍だ。

「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」
「今のソ連はフルチン同然だ!」
フルチンって邦訳もどうなんだよ(笑)ちなみにタージドソンとは「膨れ上がった息子=勃起したアソコ」という意味らしい。
女の子をホテルに置き去りにして召集されたので、この会議室にも女の子から電話がかかってきます(笑)

「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」


「皆殺し装置」とかいう名前の核兵器もこれ和訳がすごくいいよね、ほんと(キューブリックは完璧主義者なので、外国語に訳されても自分の意図やセリフの意味が伝わっているかどうか自らチェックしたといい、事実「フルメタルジャケット」で日本語訳を最初に担当した戸田奈津子がキューブリックの不満を買って降ろされている)。

ソ連外相は「皆殺し装置」はコストが安く、毎年かさむ防衛費より経済的だから導入したのだと言う。共産主義国家のはずがお金がないからやってらんないと堂々と言ってしまうのが滑稽だ。
こいつはこいつで大統領に「なんで皆殺し装置なんてものがあるのを発表しなかったんだ」と聞かれた際、
「来週の党大会で発表するつもりでした。ほら、首相はサプライズが趣味ですから…」
と抜かす。
「皆殺し装置」は言ってしまえば究極の核抑止なわけで、これがあるとアメリカに知れたらそれだけで先制攻撃は行われなくなる。つまり「存在するだけで発動しない」ことに意味があったのだが、その存在を隠していたらまるで意味がない。

ちなみにソ連の首相はガンガンに音楽を流して酒飲みながら女の子とゴロニャンしている最中で、マフリー大統領も飲み友達みたいな口調で説明しなければ全然聞いてくれない。その姿は彼らが言うところの「資本主義の豚」そのものだ。


「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」

一方で、B52編隊の指揮官はコング少佐という、また名前からして頭悪そうなおっさんなのだが、命令が下るなりいそいそと機内の金庫を開けて、何を取り出すのかというと
お気に入りのカウボーイハット(笑)

この人は故障した爆弾倉の扉を開けに行って、開けるのには成功するんだけどそのまま核爆弾と一緒にソ連の基地に落っこちていきます(笑)
ここは爆笑した。「フォォォオオオオオオ↑↑↑!!!!」と陽気だったのがね(笑)
「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」
ちょっと気持ちよさそう(笑)


さあ、ここまで書いてきたが、そろそろ「あれ、タイトルの『博士』って誰だ?」と読者諸兄も思ってきたことだろう。
安心してください、出てきますよ。
この映画のタイトルにして、最も強烈なキャラがこのドクター・ストレンジラブ博士である。

「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」


どうですか…この胡散臭いおっさん。もう見るからに頭が悪そうですね。


このストレンジラブ博士、政府に雇われて核兵器の研究を統括しているのだが、帰化したアメリカ人でなんと元はナチの科学者である。

車いすで移動する彼のしゃべり方はいつも興奮気味というか、なんか気持ち悪いうえに、真剣な話をしてるのにやたら嬉しそうだ。
しかも障害を持っているのかそれともちょっとおかしいのか分からないが、興奮するとナチ式敬礼したり大統領を「総統」と呼び違えたりする。
最終的にはよほどナチ時代が楽しかったのか優生人類学みたいなものを語り始めるのだが、こんなおっさんがペンタゴンの真っただ中にいるのである。おバカすぎる。

だが元ナチがアメリカの核開発に携わっていたのは本当で、アメリカは第二次世界大戦後にペーパークリップ作戦なるものを発動し、敗戦で路頭に迷ったナチスのお抱え科学者たちを大量にスカウトした。
これはソ連も同じで、大戦後のロケット・ミサイル開発は彼らに支えられていたと言っても過言ではない。大国にとって、ドイツの科学技術は喉から手が出るほど欲しいものだったのだ。ストレンジラブはそんな元ナチの科学者たちをモデルに創造されたそうだ。


核を管理し、世界の平和を守っているはずの人間たちがそろいもそろって頭がおかしかったら…数々のブラックなネタが散りばめられた本作だが、もっともブラックなのはその公開年。
なんと1964年。ベトナム戦争真っただ中である。
ちなみに東京オリンピック、トンキン湾事件、中国による初の核実験も同じ年である。
西側世界がアカとの戦いに躍起になる中、アメリカ人が「間違えて核撃っちゃった☆テヘペロ」という映画を作ってしまったわけである。


最終的にリッパー将軍が仕組んだ解除コードはマンドレイク大佐によって解読され、B52の編隊はソ連防空軍に撃墜された機を除いてすべてが帰還する。しかし前述のコング少佐機はミサイルの至近弾を受けて通信不良が起こっており、帰還命令を受け取れないままソ連に核爆弾を投下。ついに「皆殺し装置」が発動し、人類は大半が滅亡してバッドエンド…。

「核」というものが絶対の安全保障であり、かつ人類最大の脅威として認知されていた矛盾の時代。
残念ながら安全保障ではない方向で核が使用された時の人類の末路を、これだけリアルに描いた作品は実はあまりないのではないだろうか(この手の映画で一番有名なのは1984年の「ターミネーター」シリーズであるが、あれは初期こそそういう設定が強かったものの、次第にアクションに傾倒して核批判からは遠い作品となってしまった)。

そして核による均衡というのは、何も冷戦時代の昔話ではなく、今現在も現実として進行している。

「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」

ああ…バッドエンド…
明日これが起こらないという保証がどこにあるのだろうか。

※ちなみにピーター・セラーズはマフリー大統領、マンドレイク大佐、ストレンジラブ博士の三役を演じております。


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