2021年11月17日
Streifendienstと鉄道を守る人々
1939年の開戦以降、急速に拡大する戦域に比例するように、ドイツ軍全軍では士気の低下やモラルの乱れによる風紀紊乱が多発し、指導部を悩ませていました。
占領地の治安のために秩序警察はもとより、保安警察、ゲシュタポ、SD、特別行動部隊(EG)、補助警察(シューマ)などなど多種多様な治安維持組織を動員したナチス・ドイツですが、このように「外」に向けられた治安組織には先行研究が多くありますが、「内」に向いている治安組織は野戦憲兵やゲシュタポに主眼が置かれ、より末端の組織はあまり知られてはいません。
てか僕もそんなに知りません
今回ご紹介するのは、どちらかというと「内」、つまり友軍に対しての風紀維持や保安を司った部門です。
参考記事
https://erenow.net/ww/kettenhund-german-military-police-second-world-war/8.php
http://www.feldgendarmerie.net/TR.htm
☆Streifendienst(ストライフェンディーンスト:パトロールサービス)
↑直訳するとこうなるのですが、意訳するとすれば「内紀部隊」とか、今風に言うなら「巡察隊」とかでしょうか?
正式には「Wehrmachtstreifendienst」と呼び、設立は1941年2月になりますが、その前身となるパトロール部隊は1939年11月と、開戦から比較的早い段階で3軍すべてに設置されています。
前述の通り、開戦時のドイツ軍の風紀・士気の乱れは、略奪、暴行、強姦、酒乱から戦意不十分まで、ポーランド戦に続く対フランス戦に至るころには、現地将官が禁止命令を出さなければいけないほどに深刻化していました。
あんまりひどいので中世のランツクネヒト(ドイツ傭兵)を引き合いに出す指揮官もいたとかいなかったとか…。
戦意不十分というのは特に40代以上の兵隊に見られたようで、対仏戦の平穏期(いわゆる"まやかし戦争")には銃口を下げてフランス兵と接触したりする兵士が見られたそうです。多くが家庭を持っていたため本国への帰還願望が若者よりも強かったこと、第一次大戦従軍経験者であり敵兵との接触にあまり躊躇がないことなどが原因のようでした。
もっともこの士気の低下は、将軍連中が「キール軍港の反乱」を思い出すには十分な出来事であったらしく、前述のパトロール部隊の創設につながったというわけです。
1939~40年というと、ちょうど大規模な野戦憲兵の拡充が行われており、警察からも大量の人員が国防軍に出向しています。
当時の写真を見ると、警察の制服に「国防軍勤務」や「野戦憲兵」の腕章を巻いたり、陸軍の国家鷲章(アドラー)を警察の制服の右胸に縫い込んだものを着ている兵隊など、多種多様な恰好が散見されます。
警察の制服に陸軍のアドラーを縫い、警察鷲章を「野戦憲兵」の腕章で隠している警察出身の国防軍出向者。
しかし野戦憲兵は司令部や部隊の都合であまり大部隊から離れた場所では活動できなかったようで、特に開戦初頭にまだ占領司令部が置かれていなかった場所については、警察活動の範囲外になってしまっていたようです。
そこで登場するのがパトロール部隊、そして1941年2月の国防軍最高司令部(OKW)の指示により3軍が統合された「Streifendienst:国防軍巡察部隊(今回はこの意訳で通します)」というわけです。
国防軍巡察部隊の司令部はベルリンのOKW直下、 Generäle zbV IVに置かれていました。
構成する実働部隊は、野戦憲兵と同じく原則として全員が下士官だったようです。
ちょっと長くなりますが内地の部隊の構成を見てみましょう。
マジでなげーので興味なければ飛ばしちゃってください☆
Gruppe Heeresstreifendenst
HQ
1 officer, 1 NCO and 3 enlisted ranks.
2 × pistols.
3 × carbines.
1 × machine pistol.
1 × automobile.
Officer Patrols
1 officer, 1 NCO and 1 enlisted rank.
1 × pistol.
1 × carbine.
1 × machine pistol.
1 × automobile.
NCO Patrols
2 NCOs and 1 enlisted rank.
1 × pistol.
1 × carbine.
1 × machine pistol.
1 × automobile.
Gruppe Heeresstreifendenst a—Occupied Territories
HQ
2 officers, 3 NCOs and 6 enlisted ranks.
7 × pistols.
4 × carbines.
2 × machine pistols.
1 × heavy field car.
Officer Patrols
9 officers, 9 NCOs and 9 enlisted ranks.
18 × pistols.
9 × carbines.
9 × machine pistols.
6 × medium field cars.
3 × light field cars.
NCO Patrols
6 NCOs and 3 enlisted ranks.
6 × pistols.
3 × carbines.
3 × machine pistols.
1 × medium field car.
1 × heavy field car.
Gruppe Heeresstreifendenst b—Occupied Territories
HQ
2 officers, 3 NCOs and 6 enlisted ranks.
9 × pistols.
6 × carbines.
2 × machine pistols.
1 × heavy field car.
Officer Patrols
12 officers, 12 NCOs and 12 enlisted ranks.
24 × pistols.
12 × carbines.
12 × machine pistols.
8 × medium field cars.
4 × light field cars.
NCO Patrols
12 NCOs and 6 enlisted ranks.
12 × pistols.
6 × carbines.
6 × machine pistols.
4 × medium field cars.
2 × heavy field cars.
なかなかの重装備です。
続いて占領地の編成です。
1942年には「休暇監視司令官」というなんとも哀切漂う名前の司令官が置かれており、占領地でのパトロールを受け持ちました。
HQ
2 officers, 3 NCOs and 6 enlisted ranks.
7 × pistols.
4 × carbines.
2 × machine pistols.
1 × heavy field car.
Officer Patrols
3 officers, 4 NCOs and 16 enlisted ranks.
42 × pistols.
21 × carbines.
21 × machine pistols.
16 × medium field cars.
5 × heavy field cars.
NCO Patrols
30 NCOs and 15 enlisted ranks.
30 × pistols.
15 × carbines.
15 × machine pistols.
10 × light field cars.
5 × medium field cars.
Gruppe Heeresstreifendenst zbV—Occupied Territories
HQ
3 officers, 6 NCOs and 18 enlisted ranks.
5 × pistols.
22 × carbines.
4 × medium field cars.
1 × heavy field car.
1 × 3 ton truck.
Officer Patrols
15 officers, 15 NCOs and 15 enlisted ranks.
30 × pistols
15 × carbines.
15 × machine pistols.
15 × medium field cars.
NCO Patrols
20 NCOs and 10 enlisted ranks.
20 × pistols.
10 × carbines.
10 × machine pistols.
10 × medium field car.
こちらも結構な重装備ですね。
通常のパトロールは3人の兵士のグループで行われており、一般的には、1人の士官、1人の下士官、1人の下士官、または1人の上級下士官、1人の下士官、1人の下士官で構成されていたそうです。
巡察部隊の下士官は、特別なゴルゲットやカフタイトルは用いません。
その代わり、「副官飾緒の簡易版」を身に着けていたそうです。
もっとも、あきらかに簡易版ではなく、副官飾緒に近しい形状の飾緒を着けている写真も見受けられますが、写真の数が少ないため、詳しくはもう少し研究が必要になります。
巡察部隊員のポートレート。簡易型飾緒を使用。
一方、前掲の44年ごろの巡察部隊の集合写真。明らかに副官飾緒のようなものが散見されます。
中央の尉官は本当に副官かもしれません…。
☆Bahnhoffswaffe(バーンホフスヴァッフェ:駅警備隊)
さて、国防軍巡察部隊の本部管轄下には、巡察部隊とは別に駅警備隊と列車警備隊(後述)がありました。
巡察部隊は内地や前線で友軍内部の風紀の乱れや士気低下を監視しましたが、中でも厄介なのが(これは現代も同じですが)現役兵の脱走です。
これを指名手配して追っかけまわすのは大変な労力と時間がかかるため、当時もっともメジャーだった長距離移動用の交通機関たる鉄道にも、国防軍から派遣された兵士たちが、脱走兵の監視や移動中の風紀維持を目的に配置されました。
駅警備隊は読んで字のごとく、駅舎に駐屯して警備を行う部隊です。
基本的には所属する部隊の軍服に、ゴルゲットを装用しました。まれに腕章もあるようです。
「Bahnhoffswaffe」の文字が分かります。白飛びしていて見づらいですが、その上にはアドラーが2つと、ローマ数字、アラビア数字の金属製インシグニアが付いています。
ローマ数字は所属の軍管区を、アラビア数字は兵士の個人番号になるそうです。
アドラーは両方とも外を向いていますが、両方内向きが正解とする資料があったり、実物の販売ページでは2羽とも右を見ていたりと、妙に個体差が多いです。
戦後に手を加えている場合もありますし、戦中はあるもので間に合わせてしまうことも多かったため、これも要研究です。
このように空軍の野戦服のままでも勤務できました。
☆Zugwach/Zugwachabteilung(ツークヴァッハ/ツークヴァッハアプタイルンク:列車警備隊)
列車警備隊には専用の車両が用意されていました。
その列車に乗る人の旅券に問題がないかどうかを確認したり、脱走兵や適切な書類を持たない兵士を逮捕したりします。
また占領地などで危険な地域を通過する際にパルチザンなどが列車を攻撃した場合には、即座に武装して対応します。
どの部門の兵士も列車警備隊の任務に就くことはできましたが、固有の兵科色がなかったため、親部門のヴァッフェンファルベンを引き続き着用していたそうです。
列車警備隊への配属はキャリアの選択ではなく、特定の兵科や部隊から移ってきた兵士が一時的に配属されていました。
こちらも識別に使うのはゴルゲット。割り当てられた個人番号のみがローマ数字の金属製インシグニアで付けられていました。
総論
野戦憲兵や鉄道警察などの治安組織とどう協同を図っていたのか、ぶっちゃけて言うとなんで一つの組織にできなかったのかとツッコミを入れたくなるのが今回の研究でした。
またまた謎なことにBahnhoffswaffeのゴルゲットは一部のパーツにレプリカがあったりします。
軍装も案外やろうと思えばできるのかもしれません。
オマケ
列車警備隊とRADのおっさん
あとSS-StreifendienstとかSS-Bahnscutzというわけわかんない組織もあります。
↑直訳するとこうなるのですが、意訳するとすれば「内紀部隊」とか、今風に言うなら「巡察隊」とかでしょうか?
正式には「Wehrmachtstreifendienst」と呼び、設立は1941年2月になりますが、その前身となるパトロール部隊は1939年11月と、開戦から比較的早い段階で3軍すべてに設置されています。
前述の通り、開戦時のドイツ軍の風紀・士気の乱れは、略奪、暴行、強姦、酒乱から戦意不十分まで、ポーランド戦に続く対フランス戦に至るころには、現地将官が禁止命令を出さなければいけないほどに深刻化していました。
あんまりひどいので中世のランツクネヒト(ドイツ傭兵)を引き合いに出す指揮官もいたとかいなかったとか…。
戦意不十分というのは特に40代以上の兵隊に見られたようで、対仏戦の平穏期(いわゆる"まやかし戦争")には銃口を下げてフランス兵と接触したりする兵士が見られたそうです。多くが家庭を持っていたため本国への帰還願望が若者よりも強かったこと、第一次大戦従軍経験者であり敵兵との接触にあまり躊躇がないことなどが原因のようでした。
もっともこの士気の低下は、将軍連中が「キール軍港の反乱」を思い出すには十分な出来事であったらしく、前述のパトロール部隊の創設につながったというわけです。
1939~40年というと、ちょうど大規模な野戦憲兵の拡充が行われており、警察からも大量の人員が国防軍に出向しています。
当時の写真を見ると、警察の制服に「国防軍勤務」や「野戦憲兵」の腕章を巻いたり、陸軍の国家鷲章(アドラー)を警察の制服の右胸に縫い込んだものを着ている兵隊など、多種多様な恰好が散見されます。
警察の制服に陸軍のアドラーを縫い、警察鷲章を「野戦憲兵」の腕章で隠している警察出身の国防軍出向者。
しかし野戦憲兵は司令部や部隊の都合であまり大部隊から離れた場所では活動できなかったようで、特に開戦初頭にまだ占領司令部が置かれていなかった場所については、警察活動の範囲外になってしまっていたようです。
そこで登場するのがパトロール部隊、そして1941年2月の国防軍最高司令部(OKW)の指示により3軍が統合された「Streifendienst:国防軍巡察部隊(今回はこの意訳で通します)」というわけです。
国防軍巡察部隊の司令部はベルリンのOKW直下、 Generäle zbV IVに置かれていました。
構成する実働部隊は、野戦憲兵と同じく原則として全員が下士官だったようです。
ちょっと長くなりますが内地の部隊の構成を見てみましょう。
マジでなげーので興味なければ飛ばしちゃってください☆
Gruppe Heeresstreifendenst
HQ
1 officer, 1 NCO and 3 enlisted ranks.
2 × pistols.
3 × carbines.
1 × machine pistol.
1 × automobile.
Officer Patrols
1 officer, 1 NCO and 1 enlisted rank.
1 × pistol.
1 × carbine.
1 × machine pistol.
1 × automobile.
NCO Patrols
2 NCOs and 1 enlisted rank.
1 × pistol.
1 × carbine.
1 × machine pistol.
1 × automobile.
Gruppe Heeresstreifendenst a—Occupied Territories
HQ
2 officers, 3 NCOs and 6 enlisted ranks.
7 × pistols.
4 × carbines.
2 × machine pistols.
1 × heavy field car.
Officer Patrols
9 officers, 9 NCOs and 9 enlisted ranks.
18 × pistols.
9 × carbines.
9 × machine pistols.
6 × medium field cars.
3 × light field cars.
NCO Patrols
6 NCOs and 3 enlisted ranks.
6 × pistols.
3 × carbines.
3 × machine pistols.
1 × medium field car.
1 × heavy field car.
Gruppe Heeresstreifendenst b—Occupied Territories
HQ
2 officers, 3 NCOs and 6 enlisted ranks.
9 × pistols.
6 × carbines.
2 × machine pistols.
1 × heavy field car.
Officer Patrols
12 officers, 12 NCOs and 12 enlisted ranks.
24 × pistols.
12 × carbines.
12 × machine pistols.
8 × medium field cars.
4 × light field cars.
NCO Patrols
12 NCOs and 6 enlisted ranks.
12 × pistols.
6 × carbines.
6 × machine pistols.
4 × medium field cars.
2 × heavy field cars.
なかなかの重装備です。
続いて占領地の編成です。
1942年には「休暇監視司令官」というなんとも哀切漂う名前の司令官が置かれており、占領地でのパトロールを受け持ちました。
HQ
2 officers, 3 NCOs and 6 enlisted ranks.
7 × pistols.
4 × carbines.
2 × machine pistols.
1 × heavy field car.
Officer Patrols
3 officers, 4 NCOs and 16 enlisted ranks.
42 × pistols.
21 × carbines.
21 × machine pistols.
16 × medium field cars.
5 × heavy field cars.
NCO Patrols
30 NCOs and 15 enlisted ranks.
30 × pistols.
15 × carbines.
15 × machine pistols.
10 × light field cars.
5 × medium field cars.
Gruppe Heeresstreifendenst zbV—Occupied Territories
HQ
3 officers, 6 NCOs and 18 enlisted ranks.
5 × pistols.
22 × carbines.
4 × medium field cars.
1 × heavy field car.
1 × 3 ton truck.
Officer Patrols
15 officers, 15 NCOs and 15 enlisted ranks.
30 × pistols
15 × carbines.
15 × machine pistols.
15 × medium field cars.
NCO Patrols
20 NCOs and 10 enlisted ranks.
20 × pistols.
10 × carbines.
10 × machine pistols.
10 × medium field car.
こちらも結構な重装備ですね。
通常のパトロールは3人の兵士のグループで行われており、一般的には、1人の士官、1人の下士官、1人の下士官、または1人の上級下士官、1人の下士官、1人の下士官で構成されていたそうです。
巡察部隊の下士官は、特別なゴルゲットやカフタイトルは用いません。
その代わり、「副官飾緒の簡易版」を身に着けていたそうです。
もっとも、あきらかに簡易版ではなく、副官飾緒に近しい形状の飾緒を着けている写真も見受けられますが、写真の数が少ないため、詳しくはもう少し研究が必要になります。
巡察部隊員のポートレート。簡易型飾緒を使用。
一方、前掲の44年ごろの巡察部隊の集合写真。明らかに副官飾緒のようなものが散見されます。
中央の尉官は本当に副官かもしれません…。
☆Bahnhoffswaffe(バーンホフスヴァッフェ:駅警備隊)
さて、国防軍巡察部隊の本部管轄下には、巡察部隊とは別に駅警備隊と列車警備隊(後述)がありました。
巡察部隊は内地や前線で友軍内部の風紀の乱れや士気低下を監視しましたが、中でも厄介なのが(これは現代も同じですが)現役兵の脱走です。
これを指名手配して追っかけまわすのは大変な労力と時間がかかるため、当時もっともメジャーだった長距離移動用の交通機関たる鉄道にも、国防軍から派遣された兵士たちが、脱走兵の監視や移動中の風紀維持を目的に配置されました。
駅警備隊は読んで字のごとく、駅舎に駐屯して警備を行う部隊です。
基本的には所属する部隊の軍服に、ゴルゲットを装用しました。まれに腕章もあるようです。
「Bahnhoffswaffe」の文字が分かります。白飛びしていて見づらいですが、その上にはアドラーが2つと、ローマ数字、アラビア数字の金属製インシグニアが付いています。
ローマ数字は所属の軍管区を、アラビア数字は兵士の個人番号になるそうです。
アドラーは両方とも外を向いていますが、両方内向きが正解とする資料があったり、実物の販売ページでは2羽とも右を見ていたりと、妙に個体差が多いです。
戦後に手を加えている場合もありますし、戦中はあるもので間に合わせてしまうことも多かったため、これも要研究です。
このように空軍の野戦服のままでも勤務できました。
☆Zugwach/Zugwachabteilung(ツークヴァッハ/ツークヴァッハアプタイルンク:列車警備隊)
列車警備隊には専用の車両が用意されていました。
その列車に乗る人の旅券に問題がないかどうかを確認したり、脱走兵や適切な書類を持たない兵士を逮捕したりします。
また占領地などで危険な地域を通過する際にパルチザンなどが列車を攻撃した場合には、即座に武装して対応します。
どの部門の兵士も列車警備隊の任務に就くことはできましたが、固有の兵科色がなかったため、親部門のヴァッフェンファルベンを引き続き着用していたそうです。
列車警備隊への配属はキャリアの選択ではなく、特定の兵科や部隊から移ってきた兵士が一時的に配属されていました。
こちらも識別に使うのはゴルゲット。割り当てられた個人番号のみがローマ数字の金属製インシグニアで付けられていました。
総論
野戦憲兵や鉄道警察などの治安組織とどう協同を図っていたのか、ぶっちゃけて言うとなんで一つの組織にできなかったのかとツッコミを入れたくなるのが今回の研究でした。
またまた謎なことにBahnhoffswaffeのゴルゲットは一部のパーツにレプリカがあったりします。
軍装も案外やろうと思えばできるのかもしれません。
オマケ
列車警備隊とRADのおっさん
あとSS-StreifendienstとかSS-Bahnscutzというわけわかんない組織もあります。
Posted by NEU at 00:14│Comments(0)
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