2017年10月20日
戦争のはらわた
戦争のはらわた(1977年 サム・ペキンパー監督)
戦争のはらわた(Cross Of Iron)は「ワイルド・バンチ」や「ゲッタウェイ」などで知られるサム・ペキンパー監督が、生涯で唯一製作した戦争映画である。
当時のハリウッドとしては斬新な「ドイツ軍から見た第二次世界大戦」、スローモーションの多用、容赦ないバイオレンス描写に加え、主役を務めたジェームズ・コバーンの強いカリスマ性も相まって、今日までカルト的な人気を保っている戦争映画の金字塔だ。
戦争のはらわた(Cross Of Iron)は「ワイルド・バンチ」や「ゲッタウェイ」などで知られるサム・ペキンパー監督が、生涯で唯一製作した戦争映画である。
当時のハリウッドとしては斬新な「ドイツ軍から見た第二次世界大戦」、スローモーションの多用、容赦ないバイオレンス描写に加え、主役を務めたジェームズ・コバーンの強いカリスマ性も相まって、今日までカルト的な人気を保っている戦争映画の金字塔だ。
舞台は1943年のタマン半島。反撃に出たソ連軍と対するドイツ軍が日々熾烈な攻防を繰り広げていた。
貴族出身のシュトランスキー陸軍大尉(マクシミリアン・シェル)は平穏な南フランスでの生活を捨て、副官のトリービヒ少尉とともにこのタマン半島に志願して転属してくる。多くの兵士が心底嫌がる泥沼の東部戦線にわざわざ志願したシュトランスキーをいぶかしむ現地指揮官のブラント大佐(ジェームズ・メイソン)に、シュトランスキーは「鉄十字章のためです」と返す。
全ドイツ軍将校の名誉の証、長らく続くドイツ陸軍の歴史の中でも特に重要とされていたこの鉄十字章を得るために、シュトランスキーは志願してきたのだ。
だが現地には勇猛さとカリスマ性で名高い、しかしおおよそシュトランスキーとの相性は最悪と思われている一人の兵士がいた。
ロルフ・シュタイナー伍長(ジェームズ・コバーン)はずば抜けた能力を持った兵士でありながら、徹底的に将校を嫌うアナーキストでもあった。
シュトランスキーは転属早々、シュタイナーと捕虜の取り扱いを巡って口論になるが、やがてシュタイナーを懐柔することが自分の鉄十字章の獲得への近道となることを確信し、一転して彼を昇進させ、さらには話し合いの場まで設ける。しかしシュタイナーに言わせれば鉄十字章などは「鉄クズ」であり、シュトランスキーはシュタイナーとの交渉が無意味であることを悟るのであった。
直後、ソ連軍の一大攻勢に遭ったシュタイナーは、信頼できる戦友であったマイヤー少尉を失い、自らも激しく負傷する。
病院で看護婦エヴァ(センタ・バーガー)の献身的な介護に触れるが、自らの帰るべきところが家ではなく戦場であることを信じて疑わないシュタイナーは、怪我を押して前線へと舞い戻るのであった。
一方のシュトランスキーはソ連軍による反抗作戦の機運が高まったのを見て、再び南フランスへ戻る手はずを整えていた。
鉄十字章の申請には彼が勇敢に戦ったことを証明する者2名が必要だが、シュトランスキーはトリービヒがゲイであることを利用して彼にサインをさせており、続けてシュタイナーにもサインするように促すが、本当に勇敢に戦ったのはマイヤーであることを知るシュタイナーに拒否され、、、
メチャクチャ強くて男たちの信頼を一身に集めて勲章に見向きもせず仲間は命がけで助けに行く
こんな冗談で神話のような男がシュタイナーなのである。
おおよそ現実に存在したとは到底思えないような設定なのだが、ジェームズ・コバーンの男気溢れる精悍な顔立ちと所作がその「伝説の男」としてのシュタイナーを見事に演じきっており、まるでシュタイナーという歴史に埋もれた英雄を追い続けているような感覚に陥る。
ここまでいけば半分はファンタジーともとれるようなこのシュタイナーというキャラクターが、なぜ長きにわたって愛されているのかは、ひとえにジェームズ・コバーンの腕っぷしに依るものだと言ってもよいだろう。
彼の左胸に輝いている勲章は、いずれも直接戦闘に関わる勲章である。当botでも定期的に紹介している勲章ばかりだが、彼は二級、一級鉄十字章も持っているのである。ドイツ軍は階級に関わらず、功績のあった者に勲章を与えた。彼のように下士官でありながら多数の勲章を身に着けた将兵の写真は実際に何枚も存在する。
対する小悪党(笑)扱いのシュトランスキー大尉だが、彼は彼で実に人間味あふれるキャラクターで、貴族出身の身でありながら、戦争が始まって5年も経つのにまともな勲章一つ取ったことがないというあんまりなキャラなのである。
彼はプロシアの貴族軍人出身という設定なのだが、プロシアもといプロイセンとはドイツ帝国(1871~1918)で中心的な存在を担った構成国で、このプロイセンの中でも特に貴族階級の人間は生まれながらにして高貴な血筋と名誉を保証されていた。
シュトランスキーもそういった家柄に生まれたわけだが、武功に関してはさっぱりというわけである。
(余談だが画像検索すると「勲章を着けたシュトランスキー」の写真が出てくるが、あれは「戦争のはらわた」ではなく「遠すぎた橋」のビットリヒ中将役の時の画像である)
驚くことにこの男、ナチのイデオロギーに関しては毛ほども興味がない。ただ中世の騎士よろしく名誉と武功を挙げたいというだけで激戦地までノコノコやってきたのだ。
「戦争のはらわた」では劇中には明確にナチに関しての話をする場面がほとんど無く、登場人物もすべて陸軍で、党員はまったく出てこないのである。
「WW2ドイツを舞台にした戦争映画からナチの要素を消す」
とはこの時代だとなかなか恐れ入る。
戦争犯罪のシーンも一切なし。
ペキンパーは男たちの戦争ドラマを描きたいと思った時、「第二次世界大戦の」「ドイツの」「最前線」を選んだに過ぎない。
貴族出身のシュトランスキー陸軍大尉(マクシミリアン・シェル)は平穏な南フランスでの生活を捨て、副官のトリービヒ少尉とともにこのタマン半島に志願して転属してくる。多くの兵士が心底嫌がる泥沼の東部戦線にわざわざ志願したシュトランスキーをいぶかしむ現地指揮官のブラント大佐(ジェームズ・メイソン)に、シュトランスキーは「鉄十字章のためです」と返す。
全ドイツ軍将校の名誉の証、長らく続くドイツ陸軍の歴史の中でも特に重要とされていたこの鉄十字章を得るために、シュトランスキーは志願してきたのだ。
だが現地には勇猛さとカリスマ性で名高い、しかしおおよそシュトランスキーとの相性は最悪と思われている一人の兵士がいた。
ロルフ・シュタイナー伍長(ジェームズ・コバーン)はずば抜けた能力を持った兵士でありながら、徹底的に将校を嫌うアナーキストでもあった。
シュトランスキーは転属早々、シュタイナーと捕虜の取り扱いを巡って口論になるが、やがてシュタイナーを懐柔することが自分の鉄十字章の獲得への近道となることを確信し、一転して彼を昇進させ、さらには話し合いの場まで設ける。しかしシュタイナーに言わせれば鉄十字章などは「鉄クズ」であり、シュトランスキーはシュタイナーとの交渉が無意味であることを悟るのであった。
直後、ソ連軍の一大攻勢に遭ったシュタイナーは、信頼できる戦友であったマイヤー少尉を失い、自らも激しく負傷する。
病院で看護婦エヴァ(センタ・バーガー)の献身的な介護に触れるが、自らの帰るべきところが家ではなく戦場であることを信じて疑わないシュタイナーは、怪我を押して前線へと舞い戻るのであった。
一方のシュトランスキーはソ連軍による反抗作戦の機運が高まったのを見て、再び南フランスへ戻る手はずを整えていた。
鉄十字章の申請には彼が勇敢に戦ったことを証明する者2名が必要だが、シュトランスキーはトリービヒがゲイであることを利用して彼にサインをさせており、続けてシュタイナーにもサインするように促すが、本当に勇敢に戦ったのはマイヤーであることを知るシュタイナーに拒否され、、、
メチャクチャ強くて男たちの信頼を一身に集めて勲章に見向きもせず仲間は命がけで助けに行く
こんな冗談で神話のような男がシュタイナーなのである。
おおよそ現実に存在したとは到底思えないような設定なのだが、ジェームズ・コバーンの男気溢れる精悍な顔立ちと所作がその「伝説の男」としてのシュタイナーを見事に演じきっており、まるでシュタイナーという歴史に埋もれた英雄を追い続けているような感覚に陥る。
ここまでいけば半分はファンタジーともとれるようなこのシュタイナーというキャラクターが、なぜ長きにわたって愛されているのかは、ひとえにジェームズ・コバーンの腕っぷしに依るものだと言ってもよいだろう。
彼の左胸に輝いている勲章は、いずれも直接戦闘に関わる勲章である。当botでも定期的に紹介している勲章ばかりだが、彼は二級、一級鉄十字章も持っているのである。ドイツ軍は階級に関わらず、功績のあった者に勲章を与えた。彼のように下士官でありながら多数の勲章を身に着けた将兵の写真は実際に何枚も存在する。
対する小悪党(笑)扱いのシュトランスキー大尉だが、彼は彼で実に人間味あふれるキャラクターで、貴族出身の身でありながら、戦争が始まって5年も経つのにまともな勲章一つ取ったことがないというあんまりなキャラなのである。
彼はプロシアの貴族軍人出身という設定なのだが、プロシアもといプロイセンとはドイツ帝国(1871~1918)で中心的な存在を担った構成国で、このプロイセンの中でも特に貴族階級の人間は生まれながらにして高貴な血筋と名誉を保証されていた。
シュトランスキーもそういった家柄に生まれたわけだが、武功に関してはさっぱりというわけである。
(余談だが画像検索すると「勲章を着けたシュトランスキー」の写真が出てくるが、あれは「戦争のはらわた」ではなく「遠すぎた橋」のビットリヒ中将役の時の画像である)
驚くことにこの男、ナチのイデオロギーに関しては毛ほども興味がない。ただ中世の騎士よろしく名誉と武功を挙げたいというだけで激戦地までノコノコやってきたのだ。
「戦争のはらわた」では劇中には明確にナチに関しての話をする場面がほとんど無く、登場人物もすべて陸軍で、党員はまったく出てこないのである。
「WW2ドイツを舞台にした戦争映画からナチの要素を消す」
とはこの時代だとなかなか恐れ入る。
戦争犯罪のシーンも一切なし。
ペキンパーは男たちの戦争ドラマを描きたいと思った時、「第二次世界大戦の」「ドイツの」「最前線」を選んだに過ぎない。
Posted by NEU at 00:18│Comments(0)
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